Tere!皆様こんにちは。
ヨーロッパの観光地等で教会を訪れると、
神秘的な雰囲気の中素敵なステンドグラスを鑑賞したり、
合唱コンサートで綺麗な歌声を聞いていると、心が洗われる気分になりますね。

いつか歴史的建造物の修復活動やボランティアに携わってみたい・ライターのMayaです。

今回は、タリン旧市街の南に位置する【自由広場】をお送りいたします。


自由広場は、タリン旧市街の旧市庁舎より約400mほど南に位置しており、英語でFreedom Square(フリーダム・スクエア)、エストニア語ではVabaduse väljak(ワバドゥセ・ヴァルヤック)と呼ばれています。

タリンの代表的な広場である自由広場は、歩行者のために設計された人気の待ち合わせ場所で、 独立戦勝記念碑もそこにあります。

vabaduse monument(ワバドゥセ・モニュメント)とよばれる独立戦勝記念塔は、2009年6月23日に建てられ、1918年から1920年まで続いた独立戦争で亡くなられた約6千人以上の犠牲者を追悼しています。

独立戦勝記念塔の柱の高さは約23.5m・143枚のガラス板で構成されており、塔の上部には、1919年に設立されたエストニアで最も著名な賞である自由十字章(英語:The Cross of Liberty/エストニア語:Vabadusrist)が組み込まれています。

自由十字章は、1919年2月24日に当時のエストニア首相Konstantin Päts(コンスタンティンパッツ)氏によって設立されたメダルで、エストニア独立戦争中の人々の奉仕を称え、それぞれ3つのクラスで3つの等級で授与されました。

自由広場の周囲には、カフェやバー・レストラン、薬局やバス停があり、非常に便利な場所に位置しており、独立戦勝記念塔の右奥には、日本大使館があり、毎年美しい桜の花を咲かせています。


自由広場の歴史

自由広場は何年にもわたって、Heinaturg(ヘイナトゥルグ/ヘイナマーケット)、Peetri Plats(ピーターズスクエア/ピーター広場)、Võiduväljak(ビクトリースクエア/ビクトリー広場)等、数々の名前で呼ばれてきました。
1939年に最初に自由広場と名付けられ、1948年に変更されましたが、1989年に再度・現在の名前が採用されました。

エストニアは1918年から20年にかけて独立のために戦い、記念碑を作るというアイデアが1919年に考案され、1936年に記念碑を設立する法律が可決されました。
その後、第二次世界大戦とその後のソビエト占領によって中断されてしまいました。
1944年9月にソビエト軍はタリンに入り、何十年にもわたるソビエト占領が始まり、自由広場は軍事パレードや共産主義イデオロギーのデモンストレーションの会場として使用されました。
エストニアが1991年に独立を取り戻した後に、再び記念碑を建てることについて提起され、2005年の春に議会で記念碑を建てることが決定し、2009年にデザインコンペが開催され、記念碑が設立されました。
デザインコンテストには、40以上のエントリーがあり、その中から1つが選ばれました。

タリン旧市街の古い歴史の一部も、自由広場で見ることができます。

広場の北西の角にある通りのガラスパネルを見下ろすと、中世の時代、かつてここに建っていたHarju(ハルユ)門の塔の基礎と階段跡が保管されています。
これらは発掘調査で発見され、自由広場の下の駐車場に大切に保存されているのです。


隠れ家的・彫刻石博物館⁉Raidikivi muuseum

独立戦勝記念塔とガラス窓の近くには、小さな階段があり、そこを降りていくと、彫刻石博物館(英語:Carved Stone Museum(カーヴェド・ストーン・ミュージアム)/エストニア語:Raidkivimuuseum(ライディキヴィムーセウム))の裏玄関に到着します。

彫刻石博物館には、シンボルが描かれた紋章レリーフ16世紀から19世紀にかけて装飾された窓枠や墓石まで展示されており、約200以上の彫刻された石は、The City of Ruins(廃墟の街)というタイトルが付けられています。
裏玄関は、通常・個別のプライベートツアーの入り口であり、6月から8月の夏季限定で開放されていて、通年を通じての一般の博物館見学は、入り口が異なるためご注意ください。

彫刻石博物館へは、Kiek in de Kök(キエクインデキョク)の砲兵塔、またはNeitsitorn(ネイトゥシトルン)のミュージアムカフェから入場し、ガイドツアーに参加することができます。

自由広場からKiek in de Kökまでは、約200m・3分の距離に位置しています。

ガイド付きツアーとなるため、いずれのツアーも事前予約することがお勧めです。


ガイド付きツアーについて

要塞トンネルの歴史と展示会の概要を説明します。
ガイド付きツアーはエストニア語、英語、ロシア語、フィンランド語で行われ、所要時間は約1時間15分・グループの人数は最大20名です。
事前予約 : (+372) 6446 86 / kok@linnamuuseum.ee

(引用:Carved Stone Museum)


ネオゴシック建築の美しい聖ヨハネ教会

雪景色と教会

自由広場の東端には、黄色い建物が特徴的なネオゴシック建築の聖ヨハネ教会(St. John’s Church)があります。
聖ヨハネ教会
は、ルター派の教会で、バルトドイツ系建築家Christoph August Gabler(クリストフォー ガストゲーブラー)氏によって建築されました。
協会設立のための募金活動は1851年に始まり、1862年9月から地元の職人が建設に取り組み、1867年12月17日に完成しました。
美しい祭壇デザインや、十字架上のキリストの絵画・カラフルなステンドグラスの窓にご注目下さい。
趣のあるシャンデリアが教会を輝かせています。
タリンのシンボル的な聖ヨハネ教会ですが、1930年代・1950年代に、教会のスタイルに不快感を覚えた建築家によって、教会の取り壊し計画が提案されましたが、地元の人々の反対により、取り壊しが妨げられました。

自由広場は地元の人や観光客に愛されており、聖ヨハネ教会では、クリスマスの時期には聖歌コンサートが行われます。教会への入場は無料です。

毎日、沢山の人が交差する自由広場では、1年を通じて様々なイベント・アクティビティが行われています。
毎年タリン市で行われるタリンマラソン・スポーツ大会のマラソンのスタート地点等にも選ばれたことがあり、サッカー等のスポーツ観戦も、自由広場のスクリーンで行われることがあり、非常に盛り上がります!

いかがでしたでしょうか?
自由広場は、何か楽しい事が起こる!とワクワクするような広場であり、エストニアの人々が、国の独立にどれほど感謝しているかを理解するために、訪れる価値がある場所です。

タリンを訪れたら、是非足を運んでみて下さいね。
今回は、ライターのMayaがお送りいたしました。
最後までお読み頂き有難うございました。


<自由広場> 情報

住所
Vabaduse väljak, Kesklinna linnaosa, Tallinn (Googleマップ)


ホームページ: <Visit Tallinn>

2022年2月8日 | 2022年2月24日

About the Author

Maya

Writer

ライターのMayaです。 世界中を旅をしても、最終的に帰ってくるのはエストニア。 趣味は、アート・建築・エストニアデザイン。 好きな食べ物は、寿司・ビリヤニ。 好きな飲み物は、マロウブルー、カラクチャイ。 好きなお菓子は、エストニアのKOHUKE。

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